「総合的な探求の時間」は、学校教育において学生の総合的な学習能力や探究心を育成するために2022年度に「総合的な学習の時間」から改訂された取り組みです。
「総合的な探求の時間」とはどのような取り組みなのでしょうか。また、従来の「総合的な学習の時間」と比較して、授業や評価の方法は変化しているのでしょうか。
以下では、「総合的な探求の時間」のねらいや特徴、総合的な学習の時間との違いを説明し、取り組みの具体例を紹介します。
「総合的な探究の時間」のねらいと特徴
文部科学省は「総合的な探求の時間」について以下のように述べています。(太字改行は編集部による)
総合的な学習(探究)の時間は、変化の激しい社会に対応して、探究的な見方・考え方を働かせ、
横断的・総合的な学習を行うことを通して、よりよく課題を解決し、
自己の生き方を考えていくための資質・能力を育成することを目標にしていることから、
これからの時代においてますます重要な役割を果たすものである。
参考:新学習指導要領の改訂のポイントと学習評価(高等学校 総合的な探究の時間)
現代は生産年齢人口の減少やグローバル化の進展、技術革新等によって予測が困難な時代となっており、
その中で未来を担う世代は一人一人が持続可能な社会の担い手として、新たな価値を生み出していくことが期待されています。
また、昨今のAIの発達にも見られるように、工業社会・情報社会に続く新たな社会のあり方、society5.0が実現しようとしています。
このような時代において、学校教育では子どもたちの様々な変化に向き合って他者と協働して課題を解決し、様々な情報を見極めて理解して新たな価値を生み出していく力を育成することが求められているのです。
この状況下で、高等学校については平成 30 年 3 月 30 日に高等学校学習指導要領の改訂を行ない、
新高等学校学習指導要領は令和4 年度から年次進行で実施されることとなりました。
ここからは、新高等学校学習指導要領にある「総合的な探求の時間」のねらいや、授業の特徴について改訂された教育指導要領に基づいて解説します。
ねらいと重要な3つのポイント
新学習指導要領において、総合的な学習の時間の目標はこのように記されています。
第 1 目標
探究の見方・考え方を働かせ,横断的・総合的な学習を行うことを通して、自己の在り方生き方を考えながら,よりよく課題を発見し解決していくための資質・能力を次のとおり育成することを目指す。
⑴ 探究の過程において,課題の発見と解決に必要な知識及び技能を身に付け,課題に関わる概念を形成し,探究の意義や価値を理解するようにする。
⑵ 実社会や実生活と自己との関わりから問いを見いだし,自分で課題を立て,情報を集め,整理・分析して,まとめ・表現することができるようにする。
⑶ 探究に主体的・協働的に取り組むとともに,互いのよさを生かしながら,新たな価値を創造し,よりよい社会を実現しようとする態度を養う。
つまり、総合的な学習の時間には
「探究の見方・考え方を働かせること」
「横断的・総合的な学習を行うこと」
「自己の在り方生き方を考えながら、よりよく課題を発見し解決していくこと」
の3点が求められているのです。
探究の見方・考え方
各教科・科目の特質に応じた見方や考え方を総合的に活用することと、
総合的な探究の時間に固有の見方や考え方を育むことの二つの要素があります。
学生は総合的な視点から広範で複雑な事象を捉え、実社会や実生活の文脈と関連付けながら問い続ける能力を培います。
また、探究は一つの正解があるのではなく、さまざまな視点から問題を捉え、考えることが求められます。
学生は自己の在り方や生き方を考えながら、課題を解決し、新たな課題を見つけていくことを繰り返します。
横断的・総合的な学習
特定の教科・科目にとらわれず、横断的かつ総合的な学習を行うことで様々な価値のある課題に取り組むということです。
総合的な探求の時間に学生は各教科・科目で身に付けた資質・能力を活用しながら、課題の解決に向けて探究を進めていきます。
各学校が「自然環境とグローバルな環境問題」「地域の伝統や文化の継承」「文化や流行の創造と表現」「職業選択と社会貢献・自己実現」などを探求課題として提示しますが、
教科・科目の枠組みだけではこれらの課題は解決が困難であり、探究課題には繰り返し教科・科目を横断した資質・能力が活用されることが想像できます。
自己の在り方生き方
また、高校における「総合的な探求の時間」では自己の在り方生き方と一体的で不可分な課題を自ら発見し解決していくような学びを展開していくことになります。
学生は自分が社会や自然の一員として何をすべきか、どのように行動すべきかを考えること、
自分の考えや意見を深めて学ぶことの意味や価値について考えること、
そして学んだことを自己の在り方や将来につなげて考えることで自己の在り方、生き方について考えていきます。
授業の特徴と重視される3つの視点
総合的な探求の時間の学習指導は、
「生徒の主体性の重視」
「適切な指導の在り方」
「具体的で発展的な教材」
の3点が重要視されています。
生徒の主体性を重視
知的好奇心に満ち、自ら課題を見つけ、学ぶ意欲を持った存在である学生に対して肯定的に関わることで、
学び手としての生徒の有能さを引き出し、発想を大切にし育てる主体的で創造的な学習活動を展開するということです。
そのためには、生徒が自ら変容していく様子を見守り、迷ったり停滞したりしている場合には導く教師の適切なサポートと豊かな学びにつながる教材が必要となります。
適切な指導のあり方
主体的で創造的な学習活動の実現のために求められる適切な指導のあり方とは、
生徒のよさや可能性を引き出し伸ばすことですが、同時に学習を広め深めるための指導性も必要です。
教師は、具体的で発展的な教材を用意し、どのような体験活動や話し合いを行うのか、考えをどう整理し表現していくか、について指導することで生徒の主体的な学びをサポートしていきます。
具体的で発展的な教材
具体的で発展的な教材とは、質の高い探究活動が展開されるように、生徒の学習を動機付けたり、方向付けたり、支えたりするものであることが望まれます。
具体的には以下の特徴を持つことが求められます。
●具体的で発展的
総合的な探究の時間では、生徒が直接体験したり実物に触れたりすることができる教材が重要です。
●学習活動が広がりと発展
教材は一つの対象から次々と学習活動を展開し、自然事象や社会事象へと広がります。
また、身近な事象から現代社会の課題につながることも期待されます。
●実社会と自己との関わりを多面的・多角的に考えることができる
総合的な探究の時間で取り上げる課題には、様々な視点や考え方があります。
教材は特定の立場や見方に偏ることなく、多様な捉え方や考え方を可能にするものでなければなりません。
このような学習環境で学生は、以下のような過程を踏んで、他者と協働して主体的に学んでいきます。
①学生が実社会や実生活と自己との関わりから,自ら課題を発見し設定する
②自ら設定した課題の解決に対して必要な情報を収集する
③収集した情報を整理したり分析したりして思考を重ねる
④整理・分析をしたこともとに思考したことを他者に伝えたり、自分自身の考えとしてまとめたりする
-まとめ-
総合的な探求の時間の授業は、教師のサポートを受けながら、
学生が自主的に自身の生き方と深く関わりのある課題を見つけ、他者と協働しながら解決に向けて取り組んでいく
ことが特徴であるといえます。
総合的な”学習”の時間との違い
「総合的な探求の時間」と「総合的な学習の時間」は、両者とも学習指導要領において位置づけられていますが、それぞれには違いが存在します。
「総合的な”学習”の時間」は、あくまで学校全体の取り組みであり、異なる教科の内容を総合的に学ぶ時間を指しました。
一方「総合的な”探求”の時間」は、学生自身が関心のあるテーマや問題に取り組む時間であり、学生の主体的な学びを重視しています。
総合的な探求の時間では、学生が自らの興味や好奇心を活かして自らの在り方や生き方と深くつながる課題を発見し、それに取り組んでいくことで自己の学習意欲を高めることが特徴です。
評価の仕方は変わる?
従来の「総合的な学習の時間」においても、国語や数学などの教科のように数値的に評価することはせず、活動や学習の過程、報告書や作品、発表や討論などに見られる学習の状況や成果などについて、
生徒のよい点や学習に対する意欲や態度、進歩の状況などを踏まえて適切に評価することとしてきました。
改定後の「総合的な探求の時間」でもこれまでと同様、ペーパーテストなどの評価の方法によって数値的に評価することは適当ではないとしています。
さらに新学習指導要領では「総合的な探究の時間」における生徒の具体的な学習状況の評価の方法については、
信頼される評価の方法であること、
多面的な評価の方法であること、
学習状況の過程を評価する方法であること
の3点が重要であるとしています。
信頼性のある評価
教師の適切な判断に基づいた評価が必要です。
異なる教師間でも一貫性のある評価を行うために、評価の観点や規準を事前に確認し合うことが重要です。
また、評価は一単位時間ではなく、年間や単元などの内容のまとまりを通して行われるべきであるとされています。
多面的な評価
生徒の多面的な成長を捉えるためには、多様な評価方法と評価者を組み合わせることが重要です。
以下は考えられる評価方法の例です。
- プレゼンテーションやポスター発表などの表現による評価
- 討論や質疑の様子などの言語活動の記録による評価
- 学習や活動の状況などの観察記録による評価
- 制作物やポートフォリオによる評価
- 課題解決能力をみる記述テストの結果による評価
- 生徒の自己評価や相互評価による評価カードや学習記録
- 保護者や地域社会の人々による第三者評価
これらの方法は、生徒の資質・能力の育成過程を見ることを目的としています。
特に成果物の出来映えだけでなく、学生が探究の過程を通じてどのように学んだかを把握することが重要です。
これらの評価方法を組み合わせることで、生徒の成長を総合的かつ客観的に評価することができます。
学習過程の評価
第生徒の学習状況を評価する際には、結果だけでなく学習の過程も評価することが重要であるため、評価を学習活動の終わりだけでなく、事前や途中にも適切に位置付けて行う必要があります。
単に結果だけを評価するのではなく、学生の学習の進捗や理解度、課題に対する取り組み方などを評価することで、より具体的なフィードバックや指導を提供することができます。
なお、総合的な探究の時間では、学生の個人的な成長や進歩を積極的に評価し、それを通じて学生自身も自己の成長に気付くことも大切です。
個人の内的評価を行うためには、学生が学習を振り返る機会を適切に設けグループの学習成果だけでなく、個々の学びや成長を評価する必要があります。
それによって学生が自身の学びや成長を客観的に見つめ、自己評価することは、自己成長の意識を高めることに繋がります。
学校での取り組みの具体例
実際の学校における「総合的な探求の時間」の取り組みには、さまざまな形態が存在します。
以下にいくつかの具体例を挙げます。
- プロジェクトベースドラーニング(PBL):学生がチームを組み、現実の問題に対して調査・研究を行い、解決策を提案するプロジェクトを進めます。
異なる教科の知識やスキルを組み合わせながら、主体的に学び取ることができます。 - フィールドワーク:学生が学校外に出て実地調査や観察を行います。
例えば、自然環境や地域の歴史・文化に触れることで、実際の場での学びを体験し、総合的な視点を養います。 - コミュニティ活動:地域の課題やニーズに応えるため、学生が地域の団体や住民と連携して活動します。
ボランティア活動やイベントの企画・運営などを通じて、社会貢献の意識や協働力を育成します。 - キャリア教育:将来の進路や職業に関する情報収集や体験活動を通じて、学生が自己の将来設計やキャリア意識を高める取り組みです。
インターンシップや企業との連携などが含まれることもあります。
参考:「学習指導資料 『学習評価の事例集』(宮城県版) 高等学校 第2編(各教科) 総合的な探究の時間」-宮城県教育委員会
地域の歴史・自然に関する調査やSDGsなどについて、生徒一人ひとりが課題を設定し取り組む学校が多いようです。
学校内だけでなく、地域社会と連携しながら自分のこととして考え、解決していける課題の設定が求められます。
まとめ
以上が、「総合的な探求の時間」についてのねらいと特徴、従来の総合的な”学習”の時間との違い、および学校での具体例についての解説でした。
「総合的な探求の時間」は、学生の主体性や探究心を育成し、総合的な学習能力を促進するために2022年から導入された取り組みです。
教育指導要領に基づき位置づけられており、従来の「総合的な学習の時間」よりも、課題を設定しその解決を通じて自己の生き方について考えを深めることに重点を置いています。
すでに学校ごとに様々な取り組みが行われており、PBLやフィールドワーク、コミュニティ活動、キャリア教育など多くの実践例があります。